「なすび王の国」の版間の差分

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===国制===
===国制===
 詳細は[[〈なすび王の国〉の政治]]も参照。
なすび族出身の国王が、〈連邦帝国〉皇帝からの冊封を根拠として治める立憲君主制を採用している。当初は絶対君主制を採ったが、歴史的経緯から国王の専制権力の維持が難しくなり、まもなく立憲君主制に移行した。憲政成立以降は、国王には儀礼的な役割のみが与えられており、実際の国家統治は立法府である〈なすび議会〉およびその議会が選出した行政府〈なすび内閣〉と司法府〈なすび裁判所〉が、三権を分担しながら行っている。三権の内、議会を構成する議員は国民による普通選挙で選出されており、一定程度の民主主義制度が普及している。
なすび族出身の国王が、〈連邦帝国〉皇帝からの冊封を根拠として治める立憲君主制を採用している。当初は絶対君主制を採ったが、歴史的経緯から国王の専制権力の維持が難しくなり、まもなく立憲君主制に移行した。憲政成立以降は、国王には儀礼的な役割のみが与えられており、実際の国家統治は立法府である〈なすび議会〉およびその議会が選出した行政府〈なすび内閣〉と司法府〈なすび裁判所〉が、三権を分担しながら行っている。三権の内、議会を構成する議員は国民による普通選挙で選出されており、一定程度の民主主義制度が普及している。


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===なすび半島統一まで===
===なすび半島統一まで===
[[file:nasubi_map.jpeg|thumb|300px|<なすごん王国>建国直後のなすび半島。]]
古くは、現在のなすび半島の地域には多くの野菜系民族による民族国家が乱立しており、なすび族の国もそうした諸国家の1つに過ぎなかった。これらの国家は農耕文化を基盤にしていたことから、土地を巡る国家間の争いは有史以来絶えなかったが、それでも分立した国家を統一するほどの強大な権力者は現れず、半島では群雄割拠の状態が長らく続いていた。
古くは、現在のなすび半島の地域には多くの野菜系民族による民族国家が乱立しており、なすび族の国もそうした諸国家の1つに過ぎなかった。これらの国家は農耕文化を基盤にしていたことから、土地を巡る国家間の争いは有史以来絶えなかったが、それでも分立した国家を統一するほどの強大な権力者は現れず、半島では群雄割拠の状態が長らく続いていた。


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===憲政成立以降===
===憲政成立以降===
[[ファイル:demo.jpg|thumb|200px|青なす党のなが~いクーデター]]
[[ファイル:demo.jpg|thumb|200px|青なす党のなが~いメーデー]]
憲政期がはじまると、〈なすび王の国〉では人口の多い赤なすびと青なすびが実権を握るようになり、緑なすび(王族)・紫なすび(貴族)たちは徐々に名誉的・儀礼的な役割のみを担うようになっていった。これは、法治主義の浸透によって実力主義の時代が到来し、それまで政治・社会の様々な場面で実務を担っていた赤なすび・青なすびの活躍の場が増えるようになっていったためである。実務の現場を知らない緑なすび・紫なすびは存在感を失っていった。
憲政期がはじまると、〈なすび王の国〉では人口の多い赤なすびと青なすびが実権を握るようになり、緑なすび(王族)・紫なすび(貴族)たちは徐々に名誉的・儀礼的な役割のみを担うようになっていった。これは、法治主義の浸透によって実力主義の時代が到来し、それまで政治・社会の様々な場面で実務を担っていた赤なすび・青なすびの活躍の場が増えるようになっていったためである。実務の現場を知らない緑なすび・紫なすびは存在感を失っていった。


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議会政治が整えられると、なすび族内では赤なすびらによる赤なす党と青なすびらによる青なす党が二大政党制を形成した(赤青二大政党制)。両党ともに各品種の社会階級を代表する階級政党であり、国内政治は資本家階級(赤なすび)対労働者階級(青なすび)という対立構造を軸にして行われるようになった。両党の勢力は拮抗していたため、総選挙の結果を通して交互に政権を担当しながら漸進的な社会改革を進めていった。この二大政党制では、両党は自勢力の利益を代表して鋭く対立しあったものの、政党政治の維持という点では一致していたために現行の政治体制を崩壊させるほどの政争(クーデターなど)には発展しなかった。その意味で赤青二大政党制は均衡のとれた安定的な政治体制であった。
議会政治が整えられると、なすび族内では赤なすびらによる赤なす党と青なすびらによる青なす党が二大政党制を形成した(赤青二大政党制)。両党ともに各品種の社会階級を代表する階級政党であり、国内政治は資本家階級(赤なすび)対労働者階級(青なすび)という対立構造を軸にして行われるようになった。両党の勢力は拮抗していたため、総選挙の結果を通して交互に政権を担当しながら漸進的な社会改革を進めていった。この二大政党制では、両党は自勢力の利益を代表して鋭く対立しあったものの、政党政治の維持という点では一致していたために現行の政治体制を崩壊させるほどの政争(クーデターなど)には発展しなかった。その意味で赤青二大政党制は均衡のとれた安定的な政治体制であった。


この均衡が崩れたのは、なすごん6世の時代に起こった〈青なす党のなが~いクーデター〉によってである。これは当時の赤なす党を与党とするなすごろう政権が労働者階級の負担が増す税制改革を実施したことに対する青なすび労働者たちの反対デモがきっかけとなって起こった反政府運動である。政府がこの運動を武力行使によって鎮圧しようとしたことで事態は悪化し、国内は内乱状態に陥ったが、急転直下でこの状況に終止符を打ったのが〈王太子のクーデター〉であった。〈王太子のクーデター〉は、当時の王位継承順位第一位の緑なすびの王太子が首謀したもので、現国王なすごん6世と現政権の幹部らを一斉に拘束して現行の統治体制の解体を目指して起こされた。クーデターの結果、第二憲政とそれを支えた赤青二大政党制は停止され、新国王として即位した王太子改めなすごん7世が親政を執る形で新政権が組織された。
この均衡が崩れたのは、なすごん6世の時代に起こった〈青なす党のなが~いメーデー〉によってである。これは当時の赤なす党を与党とするなすごろう政権が労働者階級の負担が増す税制改革を実施したことに対する青なすび労働者たちの反対デモがきっかけとなって起こった反政府運動である。政府がこの運動を武力行使によって鎮圧しようとしたことで事態は悪化し、国内は内乱状態に陥ったが、急転直下でこの状況に終止符を打ったのが〈王太子のクーデター〉であった。〈王太子のクーデター〉は、当時の王位継承順位第一位の緑なすびの王太子が首謀したもので、現国王なすごん6世と現政権の幹部らを一斉に拘束して現行の統治体制の解体を目指して起こされた。クーデターの結果、第二憲政とそれを支えた赤青二大政党制は停止され、新国王として即位した王太子改めなすごん7世が親政を執る形で新政権が組織された。


新政権は制憲議会を通して〈第三憲法〉を制定し、国王親政・三権分立・民族平等の理念を柱とする〈第三憲政〉が開始された。
新政権は制憲議会を通して〈第三憲法〉を制定し、国王親政・三権分立・民族平等の理念を柱とする〈第三憲政〉が開始された。
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!国王
!国王
|-
|-
|rowspan="2"|前11
|前30
|2
|2
|<岩山の王国>、へた山脈以北を占領。
|<岩山の王国>、へた山脈以北を占領。
|rowspan="6"|
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|-
|前24
|7
|7
|<野菜国家の同盟>成立
|<野菜国家の同盟>成立
|-
|-
|前7
|前20
|1
|1
|第一次へた山脈戦争 (同年2月まで)
|第一次へた山脈戦争 (同年2月まで)
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|-
|前4
|前14
|3
|3
|第二次へた山脈戦争 (前8年6月まで)
|第二次へた山脈戦争 (前8年6月まで)
|-
|-
|前1
|前4
|4
|4
|第三次へた山脈戦争 (同年11月まで)
|第三次へた山脈戦争 (同年11月まで)
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|rowspan="5"|3世
|rowspan="5"|3世
|-
|-
|22
|17
|8
|8
|<かっぱ大公国>滅亡。<第一次列侯会議>が開かれる
|<かっぱ大公国>滅亡。<第一次列侯会議>が開かれる
|-
|-
|24
|19
|8
|8
|<第二次列侯会議>
|<第二次列侯会議>
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===歴代国王===
===歴代国王===
====なすごん王国時代====
====なすごん王国時代====
[[File:nasubi_KingⅥ.jpg|thumb|250px|なすごん6世]]
{| class="wikitable" style="text-align: center;"
{| class="wikitable" style="text-align: center;"
!代
!代
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===歴代総理大臣===
===歴代総理大臣===
{| class="wikitable"|nowrap|
|'''名前欄の色分け:'''
|style="background-color:#C791F2;"| 
|:紫なすび
|style="background-color:#F29191;"| 
|:赤なすび
|style="background-color:#9199F2;"| 
|:青なすび
|色なし
|:その他のやさい
|}
{| class="wikitable" style="text-align: center;"
{| class="wikitable" style="text-align: center;"
!代
!代
!人
!名前
!名前
!就任年月
!就任年月
264行目: 281行目:
!備考
!備考
|-
|-
|1
|1
|1
|style="background-color:#C791F2;"|なすでぃん
|style="background-color:#C791F2;"|なすでぃん
273行目: 289行目:
|要職を貴族が独占する超然内閣
|要職を貴族が独占する超然内閣
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|-
|2
|2
|2
|style="background-color:#C791F2;"|うぃるなす
|style="background-color:#C791F2;"|うぃるなす
282行目: 297行目:
|紫なすび同士による権力闘争の激化
|紫なすび同士による権力闘争の激化
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|-
|3
|3
|3
|style="background-color:#C791F2;"|なっすん
|style="background-color:#C791F2;"|なっすん
291行目: 305行目:
|新国王・なすごん5世との対立の末、解任
|新国王・なすごん5世との対立の末、解任
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|-
|4
|4
|4
|style="background-color:#F29191;"|なすじゅうろう
|style="background-color:#F29191;"|なすじゅうろう
300行目: 313行目:
|初の平民宰相。議会創設に尽力するも、初の総選挙の結果を受け退陣
|初の平民宰相。議会創設に尽力するも、初の総選挙の結果を受け退陣
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|5
|5
|5
|style="background-color:#9199F2;"|なすごんどう
|style="background-color:#9199F2;"|なすごんどう
309行目: 321行目:
|初の総選挙の結果発足、かつ初の青なす党政権。病気のため退陣
|初の総選挙の結果発足、かつ初の青なす党政権。病気のため退陣
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|6
|6
|6
|style="background-color:#9199F2;"|なすとる
|style="background-color:#9199F2;"|なすとる
317行目: 328行目:
|初の安定長期政権。リベラル派として諸改革を断行
|初の安定長期政権。リベラル派として諸改革を断行
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|7
|7
|7
|style="background-color:#F29191;"|ビッグなす
|style="background-color:#F29191;"|ビッグなす
|54年6月
|54年6月
|54年11月
|54年11月
|赤なす党<br/>もろこし党<br/>だいこん党<ref>54年10月まで</ref>
|赤なす党<br/>もろこし党<br/>とまと党<ref>54年10月まで</ref>
|-
|-
|議会内多数派工作により総選挙を経ず政権奪取を果たすも、だいこん党の連立離脱により数か月で退陣
|議会内多数派工作により総選挙を経ず政権奪取を果たすも、だいこん党の連立離脱により数か月で退陣
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|8
|8
|
|style="background-color:#9199F2;"|なすとる
|なすとる
|54年11月
|54年11月
|58年2月
|58年2月
|青なすび
|青なす党<br/>だいこん党
|5/58
|5/58
|再登板。<中間党の乱>などにより政情が不安定化。総選挙に敗北し、退陣
|再登板。<中間党の乱>などにより政情が不安定化。総選挙に敗北し、退陣
|-
|9
|style="background-color:#F29191;"|ビッグなす
|58年2月
|67年4月
|rowspan="3"|赤なす党<br/>とまと党<br/>にんじん党
|6/60、7/63、8/65
|赤系野菜三党連合政権。高度成長はじまる。
|-
|10
|style="background-color:#F29191;"|なすぽーん
|67年4月
|70年1月
|9/70
|<かっぱ王国革命>への対応の不手際が影響し、総選挙で敗北したため退陣
|-
|11
|style="background-color:#F29191;"|きよなす
|70年1月
|75年9月
|10/72、11/75
|軍備増強路線が国論を二分。内政重視を説いた青なす党に総選挙で敗れ退陣
|-
|12
|style="background-color:#9199F2;"|なすろう
|75年9月
|79年12月
|rowspan="2"|青なす党<br/>だいこん党<br/>葉もの同盟
|-
|福祉を中心とする社会保障政策を重視。主に労働者階級からの支持に支えられるも、病気により退陣
|-
|13
|style="background-color:#9199F2;"|なす・K
|79年12月
|80年7月
|12/80
|財界からの支持を得た赤なす党が総選挙で勝利したため退陣
|-
|14
|style="background-color:#F29191;"|アリナス
|80年7月
|81年10月
|rowspan="2"|赤なす党<br/>とまと党
|-
|<だいこん党事件>をきっかけとして、政界再編。赤なす党優位の体制が固定化する
|-
|14
|style="background-color:#F29191;"|きよなす
|81年10月
|85年1月
|13/85
|赤なす党と青なす党の対立が先鋭化。総選挙の結果、<85年政局>がはじまる
|-
|15
|style="background-color:#9199F2;"|なすりゅう
|85年1月
|85年4月
|青なす党
|-
|少数与党政権。「見切り発車政権」という不名誉な渾名の通り、<br/>連立交渉を取りまとめられずわずか2ヶ月半で退陣
|-
|16
|style="background-color:#F29191;"|でるなす
|85年4月
|85年12月
|赤なす党
|14/85
|選挙管理内閣として成立。<br/>同年2度目の総選挙を施行するもハングパーラメントを解消できず、<もろもろの妥協>の結果退陣
|-
|17
|style="background-color:#C791F2;"|なすびんシニア
|85年12月
|87年12月
|-
|15/87
|<もろもろの妥協>によって成立した中立内閣。<br/>2年間の期限付きで政権を運営。87年総選挙でハングパーラメントが解消されたため、退陣
|-
|18
|style="background-color:#F29191;"|エアロナスルン
|87年12月
|93年9月
|rowspan="2"|赤なす党<br/>とまと党<br/>もろこし党<br/>にんじん党<br/>おいも党
|16/92
|赤なす党が非なすび系政党を糾合して巨大連立政権を形成。<br/>事実上の一党単独優位制が成立。数の力で諸改革を断行
|-
|19
|style="background-color:#F29191;"|なすごろう
|93年9月
|95年5月
|-
|<青なす党のなが~いメーデー>に端を発する<王太子のクーデター>により退陣。<br/>青赤二大政党制最後の内閣
|-
|20
|とまと大臣
|95年5月
|-
|やさい党<ref>とまと党・もろこし党・おいも党・にんじん党が中心となって、95年5月に結成した非なすび系民族による連合政党。</ref>
|-
|なすごん7世によって組閣された内閣。初の非なすび系民族の総理大臣となった
|}
|}


340行目: 448行目:


世界各地を旅するとんちきとろんが訪れた国として登場する。作中では〈青なす党のなが~いクーデター〉から〈王太子のクーデター〉までの出来事が描かれている。
世界各地を旅するとんちきとろんが訪れた国として登場する。作中では〈青なす党のなが~いクーデター〉から〈王太子のクーデター〉までの出来事が描かれている。
==脚注==
<references/>


==関連項目==
==関連項目==
[[【とんちき坊やとまぬけのろんシリーズ】]]
[[【とんちき坊やとまぬけのろんシリーズ】]]

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